塞翁失馬、焉知非福

語学とか釣りとか

私が研究者を辞めた理由

私は以前、研究者として働いていました。そして長い間、自分はずっと研究者を続けていくのだと思っていました。でも、ある時ふと思い立って、研究者を辞めて別の職に就きました。今、その過程を振り返って書いてみます。
これから研究者になろうと思っている方や、今すでに研究者で、これから続けるかどうか迷っている方などに特に読んで欲しいと思って書きます。それ以外の方でも読み物として楽しんでいただけたらと思います。

読む前に注意してほしいこと

読む前に注意していただきたいことが2点あります。まず、この文章は一個人の体験および感想に過ぎず、決して日本の研究者を代表して書いているつもりはありません。研究者の方がこの文章を読んで、「俺の環境はそんなじゃない」とか「私はそんな風に思わない」とかあるかと思いますが、それも当然のことですので、あらかじめご了承ください。

もう1点、この文章は「誰も知らなかった研究業界の打ち明け話」といった類の話ではありません。目新しい内容はそんなに含まれておらず、私が高校生くらいの時にはすでに知っていた程度のものです。それでも、1つの体験談として語っておくことには多少意味があるかなと考えています。

どういう研究者だったか

一口に研究者と言っても色々な研究者がいますが、私は「基礎研究者」という種類の研究者でした。

研究には大きく分けて「応用研究」と「基礎研究」の2つがあります。応用研究というのは、たとえば介護のロボットを作るとか、病気を治す薬を作るとか、そういった社会に密接した研究を指します。企業とか病院で行われる研究は大体こっちです。他方「基礎研究」というのは、どうして人間は年を取ると物忘れがひどくなるのかとか、どうしてキリンの首は長いのかとか、そういった根本的な疑問を解消するための研究を指します。大学とか国立の研究所とかで行われる研究はこの基礎研究が多いと思います。

基礎研究は応用研究と違って、研究の結果分かったことがすぐに誰かの役に経つわけではありません。しかしいずれ応用研究を進める礎となるもので、人類にとって大切なものだと私は考えています。

ご参考までに、Wikipediaの基礎研究の項を引用いたします。

基礎研究(きそけんきゅう、英語: fundamental research)は、基本原理の理解を向上するために進める研究。それらはじかに、あるいは即座に商業的な利益を生み出すことを意図しておらず、知識欲や好奇心から生じるものと考えることができる。しかしながら、長期的には商業的な利益や応用研究(英語版)の基礎になるものである。基礎研究は主に大学や国家組織の研究班によって行われる。

基礎研究 - Wikipedia

どのようにして研究者になったか

私が初めて科学者ないし研究者を志したのは高校生の時でした。それを目標に勉強を必死に頑張り、何とか志望大学に合格しました。その後も研究者になるという夢は変わらず、大学卒業後は迷わず大学院に進学しました。

大学院生になってからは、経済面で親に頼ることは出来なかったため苦労はしましたが、夢だった科学研究に楽しくまた熱心に取り組み、充実した生活を送ることが出来ました。無事に論文も出し、学位審査も通って博士号を取得しました。

博士号を取った後は博士研究員、いわゆるポスドクとして研究を続けました。ポスドクというのは契約社員みたいなもので、あまり安定した身分ではないので将来に対する不安は強かったです。ただ、ある程度の業績も出てきており、それなりに苦労しつつも楽しく研究をしていました。

やがて苦労が実り、助教という職位の大学教員として採用されることが出来ました。助教というのは、「教授」とか「講師」とかの大学教員の職位の中で一番下のものです。別に助教になったからと言ってずっと安泰という訳ではありませんが、それでも常勤なのでポスドクよりはずっと安定しています。この時はやはり純粋に嬉しかったですし、またこの調子で研究を頑張っていこうと思えました。

ようするに、大学→大学院→ポスドク助教という、研究者としてはさほど珍しくない道を歩んできました。

研究者を辞めようと思ったきっかけ

このようにそれなりに苦労して研究者になった訳ですが、ある日を境に研究者を続けるべきかどうかを悩むようになりました。そのきっかけは、研究とはまったく関係の無い出来事でした。

助教になってしばらく経ったある休日、私は妻の友達と一緒に小旅行に出掛けました。初めて会う人ばかりでしたが、みんな気さくで良い人で、割とすぐに仲良くなることが出来ました。研究とは無縁の、一般企業に勤めている人たちです。

昼食時、妻の友人の一人が、私にどんな仕事をしているのかと聞きました。私は大学で研究をしていると答えて、また研究の内容について簡単な説明をしました。話の流れで学歴や職歴についても話しました。彼らは口々に私を褒めました。頭が良いとか、立派な仕事をしているとか、大変なことを続けられてすごいとか。

リップサービスもかなり含まれているでしょうが、私は単純な性格なので、普段の私なら褒められたらすぐに嬉しくなってしまうところです。でもこの時はなぜかまったく嬉しくありませんでした。それどころか、何に対してか分からない怒りや不安のような黒い感情が漠然とこみ上げてきました。

最初はこの気持ちの正体が分かりませんでした。でも一晩じっくり考えて、私は一つのことを認めなくてはならないことに気付きました。自分はもうこの仕事が好きでなくなっていることを。いつからか分かりませんが、私はもう研究というものに何のやりがいも感じていませんでした。一生それを続けるなんて考えたくもありませんでした。最初は研究がしたくて研究をしていましたが、この時はもうただ研究者を続けるためだけに研究をしているという状態でした。忙しさにかまけて、そんなことを考える余裕もありませんでしたが、この出来事をきっかけに自分の気持ちが分かってきました。そして、この状態から脱出するには転職しかないという結論に達しました。

結局あの日感じた惨めな気持ちは、自分が誇りにも思っていない仕事のことを持ち上げられて、やり場の無い空しさのようなものを覚えたのかもしれません。

辞めようと思い立ってからの行動

自分の気持ちに気付いたその日、考えを整理しながら、少しずつ妻にその気持ちを打ち明けました。人に話したことで、大分気が楽になりました。それと同時に、今まで停滞していた頭が徐々に回転し出しました。そして私は行動を始めました。

まず、その数日後に研究室の長、つまり教授のところに行き、退職する旨を伝えました。その翌日から、転職活動を開始しました。数ヶ月で転職先が決まり、研究を切りの良いところまで進めて引き継ぎも終わり、無事に転職できました。予想以上に円滑に進み、拍子抜けでした。

結局なぜ辞めたか

結局なぜ研究者を辞めたかというと、やりがいが無くなったからとか、つまらなくなったからとかしか言いようがありません。上述の出来事はただのきっかけに過ぎず、仮にそれが無かったとしてもいつかは辞めていたと思います。

こんなことを書くと、人生の諸先輩方からお叱りのお言葉をいただいてしまいそうです。「つまらないなんて理由で仕事を辞めるなんて世の中を舐めている」「まともな人間なら多少辛くても頑張って続けるものだ」「そんな簡単に辞めるなんて無責任だ」そのように思う方もいると思います。

でも私は、研究者という仕事は、研究そのものに強くやりがいを感じている人間でないと続けていくことは難しいと思います。研究者というものは、要求される能力が高い割に待遇はあまり良くありません。研究そのものが楽しいのでない限り、辞めて他の職に就いた方がきっと幸せになれます。最初に研究の道を選んだからという理由だけでそれを続けていくのは人生の浪費です。

研究者の待遇、仕事環境

研究者の待遇や環境について、私の経験や思うところを書いていきたいと思います。

1.給料が安い

研究者の給料はご存知の通り安いです。私が大学教員になった時の給料は手取り20万円程度で、大卒の初任給と大して変わりません。もちろん博士号を取った後の話です。別にお金を儲けるために研究者になるわけではありませんが、あまりに少ないと生きていくのも大変です。結婚しても共働きが必須です。

2.労働時間が長い

研究者は裁量労働制という形態で雇用されていることが多く、名目上は自分で働く時間を決めることが出来るようになっています。でももちろんそれは建前で、まあ研究室にも依りますが、毎日12時間くらいは働かされます。他の職業でもこれくらい働いている人はたくさんいると思いますが、研究者の場合、それに見合う報酬があるかどうかは疑問です。もちろん残業代は出ません。でも働かなくて業績が上がらないと困るのは研究者自身なので、結局みんな文句も言わず働きます。最近良く見る「やりがい搾取」という言葉は、研究者にも良く当てはまる言葉だと思います。

3.休日が少ない

研究者は休日も少ないです。私は契約上は土日は休み、というか大学自体が休みのはずでしたが、土曜も祝日も働いていました。でも日曜は割と休むようにしていたので、まだマシな方かもしれません。土曜や祝日に休む場合は事前に教授に言っておかなくてはなりません。休む理由も聞かれます。もちろん休日手当てはありません。

4.安定しない

研究者は1年とか2年、長くても5年とかの期限付きの職をつないで生きていかなくてはならず、常に業績を出し続けなければ簡単に職を失ってしまいます。安定性という点では、一般の契約社員派遣社員の方たちと変わりません。安定していると言えるのは講師以上です。あるいは、研究に力を入れていない大学の教員になれば、業績を出さなくても居続けられるのである意味安定しますが、その状態はもはや研究者とは呼べないでしょう。

5.将来が分からない

研究者の将来は業績しだいです。ずっと研究者を続けていれば誰もが教授になれるわけではありません。研究者の数が教授の席の数より圧倒的に多いので、当然誰かが余ります。椅子取りゲームと同じです。准教授(教授の1つ下の職位)まで上り詰めても、結局その先の競争に勝てなければ、教授の下で働き続けるか、さもなくば去るかという厳しい世界です。

このように研究者という職は苦労の割に見返りが少ないのです。やりがいが無くなってしまったら、続けていられません。

研究者を辞めて後悔していないか

そんなこんなで私はずっと志してきた研究の道を捨てた訳ですが、特に後悔はしていません。年収は上がり、仕事にやりがいも感じられ、良い事尽くしです。この先どうなるかは分かりませんが、後悔しないように今の仕事を頑張っていくだけです。

研究者になって後悔していないか

結局辞めてしまいましたが、研究者になったこと自体は後悔していません。就きたい職があるなら、やはり一度その職に就いてみなければ適性は分かりません。人生の後半になって、自分は本当はあの仕事がやりたかったなどと後悔しないためにも、出来るだけ若いうちに自分のやりたいことに挑戦した方が良いと思います。私は今は、自分に研究者の適性が無いと分かっただけでも良かったと思っています。

最後に

研究、とりわけ基礎研究の道に進む人は、お金や地位よりも、自分の好きなことを続けて行きたいという思いで研究者になる人が多いと思います。自分にとってやりたいことがあるならば、全力でそれに取り組むべきです。後悔しないためにも、まずはそれが大事です。

でも全力でそれに取り組んだ結果、上手く行かなかったり、思っていたのと違ったりしたのなら、その時は方向転換を躊躇しないことです。最初にその道を選んだからという理由だけでそれを続けていくのは人生の浪費です。

まとまりの無い私の思い出話でしたが、読んだ方が何かを考えるきっかけにでもなれば幸いです。